2007年11月30日

人間の器

一般的な座標系を頭に浮かべてみよう。

ここでは横軸に時間tをとり、縦軸に自分が思いやれる範囲の空間sをとる。時間軸では未来に対してどの程度まで考えることができるであろうか、明日?1週間後?1ヶ月後、1年後?50年後?さてどこまでであろうか。

縦軸として、思いやることのできる空間の範囲は自分だけ?家族?学校?地域?県?日本?世界?さてどの程度であろうか。

どこの位置にプロットされるかによって、人間の器の大きさを知ることができる。この位置は志にも通じるものであり、また夢にもつながってくる。


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2007年11月29日

将来のために

同じ働くにしても、富める人は明日のために今日働き、
来年のために今年働いている。

一方、貧しい人は昨日のために今日働き昨年のために今年働いている。それ故にずっと苦しんでその功が無い。

学生時代の勉強にも似たことが言えるのではないか。

しっかり勉強しておけば、また色んなことを体験しておけば将来に必ず活かされてくるし、明るい未来が待っている。テスト勉強をさぼって単位を落とした人は単位回復のために次年度再び勉強しなければならない。

将来のためにやるべき時にやるべきことをやる、これが鉄則である。
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2007年11月28日

働きの対価

働くことの対価、言葉を換えるなら見返りは何であるか。

勿論お金のこともあるが、少し高尚に考えるなら、喜びと人間的成長と縁である。モノをつくる喜び、良い結果を出した喜び、相手が喜んでくれたときの喜びなどいろいろである。また、何かをやり遂げようとした人には必ず人間的な成長がついてくる。

成果を出すまでには多くの艱難辛苦もあろうがこれらはすべて自分の肥やしになっていく。また成果を出すまでには、同じ道を進む人たち、また異分野の人たちとの出会いが待っている。
これらの人たちとの縁もできてくる。
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2007年11月24日

奉仕の心

アメリカ人の仕事観はドライであり、公のために働くのではなく自分のためである。しかし財を成した人たちが寄付とか奉仕の精神にあふれているのには感心する。

例えば、ビル・ゲイツはアメリカで一番の大金持ちになったが、その莫大な資産でゲイツ財団を創設して世のために貢献している。

アメリカ第二位の大金持ちのウォーレン・バフェットもゲイツ財団に寄付している。

このような思想を作ったのは鉄鋼王と呼ばれたカーネギーだったのかもしれない。また大リーガーが寄付やボランティアに奉仕している話もよく耳にする。


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2007年11月23日

勤労感謝

福沢諭吉が書いただろうと言われる「心訓七則」を紹介する。

1)世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つことです。
2) 世の中でみじめなことは教養のないことです。
3)世の中で一番寂しいことは仕事のないことです。
4)世の中で一番醜いことは他人の生活を羨むことです。
5) 世の中で尊いことは人のために奉仕して決して恩に着せぬことです。
6)世の中で一番美しいことは全てのものに愛情を持つことです。
7)世の中で一番悲しいことはうそをつくことです。

今日は勤労感謝の日であるが働くことが2つ含まれている。
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2007年11月22日

天と点

福沢諭吉と言えば一万円札の肖像画とか慶應義塾大学創立者としても有名である。江戸末期に咸臨丸に乗って渡米して西洋文化に触れ、帰国後は「学問のすすめ」を著している。「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と平等主義も唱えている。

最近の教育界では、「点は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」の精神で、義務教育の間は競争を抑える世界をつくった。ところが世の中はすべてが競争で、いわゆる評価の時代となって点数がはじき出され、それによって勝ち組とか負け組という言葉も生まれた。

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2007年11月21日

逃げたらあかん

苦しみというものは逃げれば逃げるほど追いかけてくる。

そして、どのような苦しみでも逃げたらそのことは一生問われ続ける。いっそのこと思い切って苦しみの中に飛び込むと、苦しみは温かい涙の手で抱きとめてくれる。

苦しいことがあれば、それをきっかけとして人の悪口を言ったり非難したりして、やるべきことから逃げようとすることもある。

それぞれの事情もあるだろうが逃げてはいけない。
その人の人生はその人のものである。
人を憎んで逃げてもどこにも行き場はない。
その人の人生を完結するのはその人でしかない。

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2007年11月20日

喜びの種

「喜べば喜びが、喜びながら喜び事を集めて喜びに来る。
悲しめば悲しみが、悲しみながら悲しみ事を集めて悲しみに来る」。

誰の言葉かは知らないが、喜びの種をまきながらの人生を
送りたいものだ。

さて、教育者であった東井(とうい)義雄先生の詩も紹介する。
「雨の日には雨の日の 悲しみの日には悲しみをとおさないと見えてこない 喜びに出合わせてもらおう そして喜びの種をまこう喜びの花を咲かそう ご縁のあるところいっぱいに」。

人から喜びを貰って分かち合うのもいいが、
自らが積極的に喜びの種をまくのもいい。
 

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2007年11月19日

ありがとう

あるおばあさんは寝たきりで、すべての人の手を借りなければ生きていけない人であった。そのような自分が不甲斐なく情けないのでいつも不機嫌であった。

あるとき一人のお坊さんから無財の七施の話を聞いたが、
「このような体では人に与えるものは何にも無い」と言った。

お坊さんは「あなたにも与えられるものがある。
人に何かしてもらったら、手を合わせて『ありがとう』と言えばよい。言われた人はきっと喜ぶ。その感謝のひと言で喜びの種をまくことができる」と言った。

おばさんはその話を聞いて涙を流して喜んだそうだ。

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2007年11月18日

無財の七施

仏法に無財の七施(しちせ)という言葉がある。
かつて紹介したこともあるが、もう一度書いてみよう。

財産が無くても七つの施(ほどこ)しができるということである。

1)眼施(げんせ):やさしいまなざし。
2)和顔悦色施(わがんえつじきせ):慈愛にあふれた笑顔。
3)言辞施(げんじせ):あたたかい言葉。
4)身施(しんせ):自分の身体を使っての奉仕。
5)心施(しんせ):おもいやりの心。
6)床坐施(しょうさぜ):自分の席を譲る。
7)房舎施(ぼうしゃぜ):宿を貸す。

誰もがこのような小さなことでも喜びを与えることができる。
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2007年11月17日

頑張れの声援

ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。種目に対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場したが、その中に小児麻痺で足が不自由なA子さんの姿があった。

からかい半分で選ばれたのだが、A子さんは水泳大会に出場して懸命に泳いだ。その泳ぎ方を見て生徒達は笑い、そして野次った。

そのとき、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。
校長先生であった。

校長先生は、懸命に泳ぐA子さんのそばで「頑張れ」「頑張れ」と
声援を送った。

その姿を見ていた生徒達もそのうちに粛然(しゅくぜん)となった
そうである。
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2007年11月16日

七五三

昨日は「七五三」である。

男の子は5歳、女の子は3歳と7歳の年の11月15日に成長を祝って神社・寺などに詣でる年中行事である。

本来は数え年だが、現在は満年齢で行われる場合が多い。
地方によっては男の子の3歳を七五三に含めて祝う場合がある。

新説の七五三を紹介する。

最近、ニートやフリーターとかいう言葉も聞かされ、働かない若者が増えてきたが、就職したとしても「七五三」とか言われる現象が起きている。

中卒で働き出した人の7割、高卒の5割、大卒の3割が3年以内に
離職しているという現象である。
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2007年11月15日

あわや衝突!

昨夜帰宅途中、20時35分頃、阿南市から那賀町へ入る直前であった。

串坂(くっさか)と呼ばれる山道でカーブを曲がった途端、
鹿が立っていてすぐ横を通過した。暗闇だが、鹿の大きなツノは確と(しかと:はっきりと)見えたので
「もしやニホンカモシカ?」「いや、そんなことは絶対ない」
と自問自答しつつ、確認のために引き返したが既に見えなかった。

ところで、道路上で交通事故死に遭ったハクビシンをよく見かけるが、その多くは丸々太っている。まだ山には餌がたくさんあるのに何故道まで出てくるのか不思議である。
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2007年11月14日

道路整備

本日の新聞には、国交省が今後10年間の道路整備に関する中期計画案を発表したことが載っていた。

どうやら道路特定財源を一般財源化させることは避けるようである。つまり、自動車のガソリンを買うときに払う税金(道路特定財源)は道路整備に使うのが目的であるが、国の金不足を補うために一般の財源に回そうとしていたのである。

今後の道路整備の重点は
1)国際競争力の確保、
2)地域の自立と活力の強化、
3)安全・安心の確保等である。

今後の国会でどうなるか分からないが、私もアンケートに協力した
ので気になるところだ。

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2007年11月12日

上勝町

徳島県上勝町は日本一高齢者が元気な町として注目されている。

上勝は四国一小さな町で人口約2000人、そのうち高齢者比率が48%にも拘わらず、一人当たりの医療費は県内24市町村で最下位である。

一般には高齢者が多いと医療費は高くなるものであるが、上勝の老人は「彩(いろどり)」が忙しくて病気になる暇がないそうである。


ところで「彩」とはお寿司や懐石料理に添えてある「つまもの(小さな木の葉っぱ)」を商品化した事業である。

横石知二氏は上勝に自然にある木の葉をつまものとして売り出した
アイデアマンである。

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2007年11月11日

苦楽哀歓

生物の世界では吉凶禍福・苦楽哀歓は相対するものになる。

例えば猫がネズミを獲れば楽となるが、ネズミとなっては苦の極と
なる。蛇がカエルを獲るときも、鷹がスズメを獲るときももちろん
同様である。

猟師が喜ぶときは鳥獣の苦となり、漁師の楽は魚の苦となる。
食物連鎖によって生存が成り立っている世界においてはやむを得ない現象であるが、人間の世界にもこのようなことがあって残念だ。

人を騙して、人を脅して、力によって自分が甘い汁を吸えばよいと
考える者が出てくる。

人間同士では共存共栄が考えられるはずだ。


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2007年11月10日

武蔵

宮本武蔵は若いときに関ヶ原の戦いに出ている。

その後、武芸の修行をして二天一流を開眼した。
書物では「五輪の書」、絵では百舌(もず)が有名であるが、
この絵によって彼が左利きであったという説もある。

話は代わって、「武蔵」の国とは現在の埼玉県に東京都と神奈川県の一部を加えた地域である。名前の由来は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東方を征伐して武器を蔵(おさ)めた所、徳川家康が武将を蔵めた所と言われている。

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
吉田松陰辞世の句である。

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水車

田舎の風情(ふぜい)から水車が消えてしまった。

ところで、水車というものは面白いもので、どっぷり水につかるのも、水にわずかしか触れないのも回りにくい。

適度に水につかっていれば、童謡のように「♪コトコトコットン♪」と気持ちよく回転している。

水車と水の距離は、人間と俗世間との距離を諭(さと)しているようだ。人間もどっぷり俗世間に溺れると右往左往してしまうが、逆に離れすぎても生活できないであろうし、社会的義務も知らず、用を為さなくなる。

適度で適切な距離を持ち自分のペースを保つのが良い。

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2007年11月08日

新田開発

とくに江戸時代、世の中の安定とともに人口が増加を始め、
新田の開発や開墾が盛んになり始めた。

今なら機械化によって苦もなく工事が進められるが、昔なら一鍬(くわ)ずつの仕事になっていったはずだ。千里の道も一歩ずつ歩んでいくように、新田も荒れた土地を耕すにも一つずつである。

小さなことを積み重ねることによって大きなことができる。
これが積小為大である。

荒れた精神を穏やかにすること、すなわち心の荒蕪(こうぶ)を開く心田開発も一歩ずつである。

小さなことを続けることによって何かが変わってくる。


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2007年11月07日

心の整理

日々の生活は楽しいことばかりではない。

元気な日は笑って過ごすことができても心が辛いときには
落ち込んでしまう。


つまり気分と考え方は密接な関係があり、同じ現象に遭遇しても物事の捉え方で気分は違ってくる。

したがって、落ち込んだ気分を和らげるには物事の捉え方や考え方を修正する必要があり、辛さばかりに目を向けていると何に困っているのかを見失いがちになる。


問題解決のためには現実を見つめることであり、問題リストを作り、問題目標を設定し、目標が適切かどうかを確認するために書いてみることである。
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